初秋の北海道ハーブ巡り記【北見ハッカ記念館《ホクレン北見薄荷工場の歩み⇒品種改良の歴史⇒薄荷蒸留館》編】

昨日に引き続き、「初秋の北海道ハーブ巡り記」をお届けします。

【昨日の記事:初秋の北海道ハーブ巡り記【北見ハッカ記念館《ハッカ製品の製造フローがわかりスッキリ》編】】(2020年9月19日)

ハッカ製品の製造フローが頭の中で整理ができ、嬉しくなってテンションがあがったまま、次のテーマの部屋へ移動しました。

ホクレン北見薄荷工場の歩みについての展示がされている部屋へ。この部屋自体は旧応接室。
ホクレン北見薄荷工場の建屋の模型。北見ハッカオイルは一時、世界生産の7割を占めるシェアを持っていましたが、濃縮されたオイルを扱っていることを考慮すると意外なコンパクトさを理解できます。
見取り図。工場の中はハッカの香りで溢れていたのでしょう。当時の工場にワープしたい!
工場の関係年表。昭和6年にホクレンでのハッカ取り扱い開始し、閉鎖(昭和58年)まで52年。
13代目の加賀操工場長(昭和28年7月~昭和36年10月)の功績が称えられていました。在任期間も一番長いです。
この人がいなければ、世界の北見ハッカは存在しなかったのかもしれません。(上記の記載は、工場長になる前の加賀操氏の功績が主ですね。)
加賀操氏の略歴。世の中の際立った歴史を見ていくと、このようなキーパーソンに必ずぶち当たりますね。スティーブジョブスのように「世の中を変えるのはたった一人の頭脳」というのはどの時代にも当てはまりそうです。
昭和29年に天皇陛下が工場を視察した際の写真。加賀操氏も写っています。
過去の製品の数々(1)
過去の製品の数々(2)
工場内の様子(1)
工場内の様子(2)
工場内の様子(3)
馬を使って出荷! かっこいい。。

ホクレン北見薄荷工場の歩みをだいたい理解した後、和種ハッカの品種改良に関する展示を見ました。

世の中の動きと連動し、必死に品種改良を重ねてきたことが伝わってきます。
品種改良の歴史は、収油量向上の歴史でもありますね。「あかまる」と「ほくと」の差は8倍です。
ハッカがどんな分野に使われているかの記載。本当に幅広い!

北見ハッカ記念館を存分に楽しんだ後、隣にある薄荷蒸留館に移動しました。

薄荷蒸留館では、実際のハッカ蒸留されているところと見ることができ、且つ、昔の蒸留器の展示が見られます。そして、ハッカ商品の販売コーナーが充実していますので、ハッカ土産を買うならここがお勧めです。
蒸留の工程の説明
良い香りが漂っています。
初期のハッカ蒸留器。(天水釜式)
最も普及した田中式蒸留器
ホクレン式の蒸留器
最後に売店で、様々なハッカ商品を買いました。

北見ハッカ記念館&薄荷蒸留館を心の底から楽しんだ後、この旅最後の目的地に向かいました。

明日へ続く。

「北見ハッカ記念館」の情報


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