ハーブのことに関わるようになってから、知らず知らずのうちに香りを楽しむ日々へと変化していることに気づいたのですが、10年前くらいの自分を振り返ってみるとその激変ぶりに驚きます。
「当時(10年前)の自分の嗅覚は眠っていたのではないか?」というくらい、香りとは無縁の毎日を送っていました。
逆に今は嗅覚が常に働いている感覚が認識できているのですが、「10年前と比べてここが一番変わった」というポイントを挙げるとすると、ちょっと伝わりにくい表現かもしれませんが「頭の中のクリアさ」です。
仕事を例に挙げると、次に何をすべきかが常に明確に整理されており、お客さんやパートナーにメッセージを伝える際も、全体のシナリオをイメージできているので、自分の意図が明確に相手に伝わりやすくなっており、10年前に比べると格段に仕事の質は上がっています。
人生トータルで見てみても、自分の人生におけるプライオリティが年々明確になっているので、判断に迷いがなくなっています。
このような自分の変化の要因は、もちろん、嗅覚の活性化だけではないですが、(嗅覚の活性化により)脳神経がアクティブになり、取り込まれる情報量が増え、思考と身体の柔軟性が加わったことで、本当の意味での強さ(人生を生き抜く上でのしなやかさ)が備わってきた一面はあるのではないかと個人的に密かに分析しています。
このような変化を自分自身が体感すると、香りに対する興味はさらに広がりを持つようになってきているのですが、今日は、”心療内科医”と”公認心理師”が「香りが心身にもたらす効果」について対談した内容が面白かったので取り上げたいと思います。
心と体の専門家に聞いた、香りが心身にもたらす効果【降矢英成さん×小高千枝さん 対談】
脳に直接伝わり、心身に作用する嗅覚情報=香りがもたらす効果に近年注目が集まっている。
心と体の専門家2人に聞いた。撮影・MEGUMI 文・板倉みきこ
心療内科医の降矢英成さんの理念は、“ホリスティック(全体的)”な医療。心身の不調を、現代医学の視点からだけでなく、伝統医学や代替医療など様々な視点を反映させて診断、治療する、最近注目の考え方だ。降矢さんのクリニックで行われている、アロマセラピーなど植物や自然を活用したセラピーに関心を寄せるのが、心の問題と向き合ってきた、公認心理師の小高千枝さん。心と体の関わりに精通する2人が、香りの効能から始まり、五感の活性化や自分自身の心の声に気づく必要性にわたって語る。
現代の都市生活は、五感が閉じやすい状況。それを実感するのも大事。(降矢さん)
香りなど目に見えないものが持つ力は、とても深遠ですね。(小高さん)小高千枝さん(以下、小高) 香りにはとても力があると思いますし、カウンセリング時にアロマを漂わせるとリラックスできるからいい、と一般的にもいわれていて使うことが多いのですが、「香りをやめてください」という方も中にはいらっしゃいます。
降矢英成さん(以下、降矢) 確かに。“一般的に”という解釈で香りを選ぶと、難しいですね。
小高 そうなんですよ。例えば女性はバラの香りが好きで、リラックスする方も多いですが、いつでも、誰にでもいいわけではない。気分がいい時はテンションが上がったりしますが、気持ちが塞いでいる時に濃厚なバラの香りを嗅ぎすぎると、気分が悪くなる場合もあるので、注意が必要です。私も、鎮静効果があるといわれるラベンダーが、正直苦手なんです。個人的な好みや体調によって、どの香りがいいか、解釈が全く異なることがありますよね。
降矢 そのとおりです。私は、人の好み、感覚はとても大事だと思っています。現代医学の残念な点は、全員一律で統計を取り、主にデータだけで判断するところです。この症状にはこの治療、と決まってしまうのはどうなのか、と。
小高 それは私も常々感じています。何に対しても「エビデンス」で、科学に偏りすぎている気がします。
降矢 科学や現代医学は有用ですが、万能ではありません。好き、嫌い、受け入れられる、受け入れられない、という個人の感覚を、治療を選択する中心に据えてみるべきだと考えています。
小高 だから、先生のクリニックはアロマセラピーなどの自然療法や鍼灸、整体……様々に取り入れているんですね。私たちは普段、どうしても視覚に依存して生きているので、その情報に頼りがちです。でも、香りなど、目に見えないものが与えてくれる影響はとても有用だとも感じます。普段の思い込みなどから離れ、自身の無意識の中に入っていける力を持っているのではないでしょうか。
降矢 そうですね。特に嗅覚は五感の中でも脳にダイレクトに信号を送れますから、本来の自分の感覚を取り戻すために、嗅覚を刺激するのは効果的だと思います。実際、私のクリニックの治療の一環でアロマセラピーを受けた患者さんが、今まで感じたことのない解放感や安心感を得て、自律神経の消耗が回復したケースなど、治療効果が得られた症例はいくつもあります。
小高 認知症の治療過程でアロマが効果があったことなど、それこそエビデンスがある症例も出ていると聞きます。
降矢 ただ、「○○という成分が脳に届き、このように作用している」といったデータはあっても、それは植物の持つ力のわずかでしかないと思っています。例えば、南太平洋原産のカヴァという精油があるんですが。現地の人は、根っこをくちゃくちゃ噛んでいると鎮静効果がある、と長年愛用していました。でも、それを西洋の処方で精製すると、効果は強く出せる反面、毒性も出て肝機能障害をもたらすことも。精油に使われる植物の育った場所、有効成分の抽出方法、そして吸収経路によって働きが変わるほど、植物が持つ力はとても繊細で複雑です。成分だけで語ろうとすると、間違いが起こります。まだ解明されていないけれど、実際体が感じているもの、反応すること、その力を無視することはできません。
小高 そうですよね。目に見えないエネルギーというと、スピリチュアル過ぎて敬遠される方もいるでしょうけど。実際、香りは宗教儀礼でも長く使われてきましたし、私たちの心の深いところに繋がる力が強いのだと思います。
鈍化している嗅覚が刺激され、 心身の状態を実感できるように。
降矢 アロマを治療に使う場合、好きな香りである必要はないんですよ。その人の個人的な記憶と繋がる香りも効果的です。香りは記憶と結びつきやすく、例えば幼少期を田舎で過ごしていた人が軽い認知症になった場合、森林に連れていくことで、症状が改善することがあります。これは“森林回想法”といわれるもので、森の香り、風景、音など全てが合わさり、失われつつあった脳の機能が呼び戻されるのです。
小高 香りで脳を活性化できるとはいえ、都会に住んでいると不快なにおいも多いから、嗅覚を鈍化して生活している人は多いかもしれませんね。五感自体閉じてしまっている可能性も……。
降矢 それは同感です。クリニックでは自然療法の一環で、アロマセラピーだけでなく、“森林療法”というものも取り入れているんです。森に行って、木々の芳しい香りを嗅ぐことでだんだん嗅覚が開いていきます。さらに、川のせせらぎや小鳥のさえずりを聞いているうちにリラックスでき、深く呼吸ができるようになります。そこで「今まで自分の嗅覚はどれほど閉じていたんだろう。浅い呼吸をして、どれほど緊張していたんだろう」とわかるんですよ。
小高 自分の心や体がどんな状態だったか、客観的にわかることはとても大切な気づきですね。
降矢 ええ。でもだからといって、全員田舎に住みましょうって話になるわけではありません。都会生活をしているなら、深呼吸をしづらい環境にある、五感が閉じやすいということを認識していればいいんだと思います。都会は人間関係が希薄といいますが、その恩恵もありますし、便利なのは確か。心身が疲弊した方に「休職して実家に帰りますか?」と話しても「帰りたくない。田舎は閉塞感を感じて嫌だ」という人もいますから。自分にとっての優先順位、価値観をちゃんと考え、ベストな方法を選べばいいんです。
ホリスティック医療では、 あらゆる視点から人間を診ていく。
小高 ここで改めて、ホリスティック医療とはどういうものか、ということを教えていただけますか?
降矢 全体的な視点に立って患者や人間を診る、というのが基本です。現代医学では“異常なし”と診断されても、不調や疲労感などが続く、いわゆる慢性症状の治療には、この視点がとても大事だと考えています。何か不調があった場合、臓器だけでなく全身を診る。そして体だけでなく、心も含めて診る。こうすることでより広い視点が得られます。さらに、病気になっている人の周りにある環境も含めて診ることも必要です。
小高 それは、私が行う心理的なアプローチにも通ずるものがあります。クライエントの心を乱す原因を探る時、個人の心理的背景だけでなく、健康状態や、取り巻く環境、社会情勢や自然などのもっと広いくくりでの環境など、様々な要因から紐解いていきます。俯瞰力を身に付けることが、心理的問題を解く鍵になると考えています。
降矢 全体的にその人を診る、ということですね。ホリスティック医療の考え方には、物質的な体(ボディ)、感情や知性などの精神的機能を有する心(マインド)、そして体の活動や心の働きを司る魂や命(スピリット)の3つがあり、それぞれの影響や関連性を認識しよう、という基本があります。
小高 現代医学が一番苦手とするのが、心や魂の捉え方でしょうね。
降矢 しかし、必ずあるものですし、世界にはアーユルヴェーダや東洋医学など、人間を全体で診ようとする医学は長い歴史を持っていますから、その視点を無視するのもおかしな話です。「魂」を、心の背後にある、生きる上での価値観、信念や尊厳と捉えると理解しやすいかもしれません。
小高 私も臨床を続けていて、言葉にはできないエネルギーの変化をクライエントから感じることがあります。こう言うと、霊的な力があるように誤解されますが、もっと現実的な話です。
降矢 エネルギーの話をしだすと、怪しい人だと思われるので、充分気をつけなければいけませんね(笑)。私は、現代医学の大切さも充分理解した上で、それだけではフォローできないものを取り入れたいと考えています。今回アロマセラピーを取り上げましたが、それも、ホリスティック医療のうちの一つの治療法にすぎません。そもそも、クリニックは単に治療技法を提供する場ではないのです。たくさんの視点や治療法があることで、自分を改めて見つめる機会が得られるという点が大事です。そこで患者に意識改革が起こり、アロマや鍼灸などの治療が加わり体質を変えていくことで、心の気質の調整を施すことができるんです。医師だけでなく、様々な治療法の専門家がチーム一丸となって、治療を行っていきます。ただ、患者さんも自分の問題だと自覚して、主体的に治療に関わっていくことが求められます。
小高 心理カウンセリングへ来られる方にも、専門家に相談すれば、魔法にかけられたように一瞬で良くなる、と思っている方も多い傾向があります。だから、「改善はあなたと私、二人三脚でやっていくんですよ。でも、心の問題と向き合うのは、あなた自身なんですよ」とお伝えすることも。
降矢 考え方は同じですね。
投薬だけに頼らない、様々な治療法を実践する降矢さんのクリニック。病気の治療だけでなく、疾病予防、健康増進にも力を入れ、食事指導などを行う場合もある。
アロマセラピーで使われる精油。
症状に合わせて処方されるメディカルハーブ。
カラーセラピーで使う色鮮やかなボトル。
漢方の生薬やメディカルハーブのサンプルは、患者へ説明する際に使われる。
自分を見つめ直して感覚を取り戻す。これから必要なこと。(降矢さん)
ウィルス問題が起きた今こそ、自分を見つめ直す好機と捉える。
小高 自身の心の状態がどうなっているか、理解するのも大事ですね。
降矢 自分の感情や心の機能がわからない、“失感情症”という人も少なくないのですが、心の状態を知るには、まずは自分の長所と短所を素直に認めること。最近、とても繊細で社会の中で生きにくい人を、“HSP(Highly Sensitive Person)”高度の感覚処理感受性を持つ人、という分類をする知見が注目されています。この傾向を持つ人は5人に1人の割合といわれ、決して特別ではない。短所と思われる部分も、自分の特性、個性として認識できれば、生き方も変わってくるでしょう。
小高 ネガティブな思考グセは、自分自身が作っているものですからね。
降矢 さらに今回の新型ウィルスの問題で、心の悩みが増えた人、不安に苛まれる人が増えた印象はあります。
小高 気力、体力が落ちると、ストレス耐性も下がります。でも、不安で自分を見失ってしまう人は、想像力が欠如し、被害者意識が強い傾向が見られます。周囲のネガティブな情報に翻弄されないためには、自分の心の軸をしっかり見つめ直すこと。そのために、無意識下に働きかけてくれるアロマの力を借りるのは有用でしょうね。
降矢 特に、繊細で香りが好きな人には向いていると思います。さらに今の状況はもともと抱えていた問題がコロナ禍で露呈したのかもしれない。そう自分を見つめてみることが必要です。人はなんでも他人のせいにしたがりますが、そこに向き合わなければ、前に進めない。これまでは依存と他罰の時代でしたが、自己への感性や五感を取り戻し、自身の人生を生きるという確たる心を持たないと、これからは難しい。
小高 この時期、誰もが今までの価値観を強制的に見直せて、自分らしく生きる設定をし直す好機ともいえます。
降矢 そんなふうに前向きに捉えたいですね。これを機に価値観、自分の優先順位を問い直してみましょう。自分は何が大事と思って生きているのか、この状況はどうなのだろうか、意外とわからないものですから。時々でもいい、考えればいいんです。大人だからできることなのにやらずに放棄して、「私には何が向いていますか」「どうしたらいいですか」と聞くのはおかしいです。わからなければわからないで、そこからスタートすればいいんです。
小高 それこそ、ホリスティックな視点を持つ大切さが生きてきますね。
降矢 はい。生きやすいと感じる人が増えるよう、ホリスティック医療にできることがある、と期待しています。
俯瞰力を身に付けると心理的な問題も解決しやすくなります。(小高さん)
赤坂溜池クリニック
東京都港区赤坂1-5-15 溜池アネックスビル5F TEL.03-5572-7821 10時〜13時、15時〜18時(木曜16時〜19時) 休診日:火曜、木曜午前、土曜午後、日曜、祝日
降矢英成(ふるや・えいせい)さん●心療内科医。赤坂溜池クリニック院長。NPO法人日本ホリスティック医学協会前会長。医学生時代からホリスティック医学に関心を持ち、1997年に専門のクリニックを開業。
小高千枝(おだか・ちえ)さん●公認心理師、心理カウンセラー、メンタルトレーナー、コーチ。現代人の”心の免疫力”を高めるためのセッションを提供し、女性の支援活動にも積極的に従事。
『クロワッサン』1027号より
※クロワッサン onlineの2020年9月24日の記事(https://croissant-online.jp/life/129991/)より抜粋
ホリスティック医療というのは、目の前に起こっている症状を俯瞰して捉えた上で、多方面からのアプローチを考えていくということだと思うのですが、俯瞰をするときの軸が「BODY」「MIND」「SPIRIT」になるということだと思います。
SPIRIT(魂)の部分は、人間の本質的な部分で欠くことができない要素だと思うのですが、「怪しい」という印象を持つ人が多いのは、それを利用した偽のビジネスが横行していることが要因なのではないかと思います。
40代、50代になってくると、特にエネルギーが強い人、弱い人が明確に分かれてくるので、降矢先生の「魂を、心の背後にある、生きる上での価値観、信念や尊厳と捉えると理解しやすい」という言葉は腑に落ちます。
ホリスティック医療における香りの役割は大きいことも認識できたので、今後、ホリスティック医療分野にもアンテナを強く張っていきたいと思います。