古くから日本人の生活の中に馴染んでいるイメージのある山椒と言えば、真っ先に、ウナギの蒲焼に使われていたり、タケノコ料理に添えられているものとして思い浮かびます。
あとは、個人的には”ちりめん山椒”は好きで、ご飯のお供としてたまに食べます。
あの独特の刺激と、スパイシーな風味は、数あるスパイスの中でも明らかにオンリーワンの個性があって、「この味と似ている」という表現ができない植物です。
ハーブの世界では、例えば、リナロール(精油に含まれる芳香成分)と言えば、ラベンダー、バジル、タイム等に含まれる共通因子として認識されていて、ハーブ間の相関性を語るときに”含まれる成分”で結びつけることが一般的だと思います。
ただ、「山椒」って、西洋ハーブ中心の世界においてはほとんど登場しないので、その正体については意外に知らない人が多いのではないかと思いますし、私もその一人です。
今日は、その山椒にまつわるお話を紹介したいと思いますが、山椒に対する視野が広がる内容だと感じましたのでご紹介します。
抗ストレス食材「山椒」とオレンジの意外な関係
2020年8月17日(月) 伊東 乾
うな重にたっぷりの山椒をかけて・・・。それにしても暑いですね。皆さん、夏バテ対策はどのようにしておられますか?コロナなどの鬱陶しい話題でなく、一服の清涼剤となることを願って「夏の食べ物」を考えてみましょう。
食欲不振で夏痩せという現象は、冷房の普及で21世紀に入ってから減っているようにも思いますが、さっぱりした食材で、かつ夏のスタミナ補給というのは、工夫がいるものです。
「冷麺」は一つの工夫ですね。
先日、とある出先で冷麺の上に「ミョウガ」のきざんだものが添えてあり、一陣の涼風のごとき味を演出していました。
今回は夏場のスタミナ食として定番の「ウナギ」・・・ではなく、そのウナギの添え物としてついていたり、いなかったりする「サンショウ」に焦点を当ててみたいと思います。
今年の「土用の丑」は7月21日と8月2日だったそうで、すでに過ぎてしまいましたが、牛丼チェーンなどではウナギを供するところがまだたくさんあります。
ここ数年「麻辣」がブームとして仕掛けられています。
コンビニの棚を覗くと「麻辣」を謳った乾き物のツマミが複数置いてありますし、カップ麺などもたくさん出ている。
2018年には日経トレンドベスト30にも「花椒」が入り、「シビレ味」はこのところ、にわかに日本でも市民権を得てきた観があります。
コロナ騒ぎが起きてから、この連載で「微笑栄養素」系の話題を扱ってこなかったように思いますので「微笑栄養素としてのサンショウ」の源流を探訪してみたいと思います。
関西の味覚は「山椒勝ち」
蕎麦屋などでうな重を出してくれるところがありますが、山椒が2~3センチ角の小さなパックに入って出てくるのを見かけます。私はこれが気に食わないのです。
瓶に入った粉山椒がおいてあることもあるのですが、どうしたわけか、大して減ってない。
香もへったくれも全部飛んだような、酸化しきったような山椒のミイラだったりすることもあり、この食材に思い入れの深い私は、大概の場合、不満に思うわけです。
「マイ山椒」を準備して店に赴くことが、実は少なくありません(苦笑)。
一面に降った淡雪のように良質の香り高い山椒が降り積もり、ウナギが見えないくらいの状況が、私の好きな「うな重」の在り方であります。
そういう食嗜好は、私のルーツである西の方、神戸とか津山とかに遠因があるのかもしれないし、そちら出身の私の母がおかしかっただけかもしれません。
ともかく子供の頃から「痺れ系」スパイシーな食品を我が家では愛して来ました。
東京では山椒、ウナギくらいしかかけないかもしれません。しかし京都は違います。
関西の「七味唐辛子」は江戸や関東と違って赤くない。もっと黒ずんでいます。黒七味と銘打っているものもある。
なぜ黒いかというと、山椒勝ちだからなんですね。これでもか、というくらい山椒を入れている。
いきなり具体的ですが、渋谷から三軒茶屋の方に進む国道246号線沿い、三宿の近くに「京うどん 夢吟坊」という店があります。
最近は知らないですが、1990年代は深夜でも営業していて、NHKやテレ朝など放送局の仕事が遅くに終わった後、食べに来ると芸能人などもちょこちょこ見かけたりしたものです。
この「京うどん屋」に常備してあるのが当然「黒七味」で、ゴボウのササガキを揚げた定番の「かき揚げ」にたっぷりめの黒七味、それから抹茶塩なんてものでいただくと、実に美味しい。
美味しすぎて問題があったとすれば、深夜にハイカロリーなものを食べて、当時と今と体重に落差ができてしまったりするのがいけませんが・・・
ともかく、山椒はさっぱりと、あっさりといただける。
関西で山椒というと、もう一つ、これは比較的新しい発明だそうですが「ちりめん山椒」というのがあります。
「老舗」を称するところがあちこちにありますが、実はそんなに古い食べ物ではなく、全国区で知られるようになったのも戦後のことだそうです。
ともあれ、山椒と雑魚などの「炊いたん」は関西人の箸によく合いますし、日本全国でも広く受け入れられるようになった、代表的な「日本の痺れ系風味」といえるでしょう。
しかし、ここでちょっと考えてみたいのです。なぜ雑魚やてんぷら、ウナギなどに「山椒」をあしらうのか?
いろいろなことを言う人がいます。「合う」そりゃそうです。合うということになったから、みんなワンセットにしている。
「山椒は漢方薬にも使われる健胃生薬で、夏場の食欲増進にも使われるから、食い合わせがよいのだ」
確かに、漢方の資料にあたってみると、山椒は腹部を温め、嘔吐や下痢を抑制し、また回虫などの殺菌にも効果があるなどと書いてある。
ほとんど薬品めいた味すらすることのある「山椒」ですが、健胃のみならず「殺菌」など、衛生面に配慮したといわれると、そういうものなのかな、という気がしたりもします。
しかし、私が率直に思うのは「重すぎる蒲焼きのたれ」を抑える役割が非常に大きいように思うのです。
その証拠に、とは言いませんが、ウナギの白焼きには山椒よりもわさびが合う。
わさびというのも、これまた奥深い食材で、ここで寄り道すると大変なことになりますので別の回に譲りますが、山椒の大きな役割であるように思うのです。
ヤマメもしびれる山椒の煮汁
昔、山奥で子供時代を過ごした人の中には、山椒の煮汁で川魚を取った思い出がある人もいるという話があります。
梅雨から初夏にかけて実を結ぶ山椒。この実をたくさん取ってきて、なべで煮て煮汁を取り、それを川に持って行って、小石を積んで小川をせき止め、そこに煮汁を流す・・・。
すると、ヤマメなどの川魚が浮いてくる。後は網で掬えるというのですね。山国の、昔の子供の遊びですが、実にサイエンティフィックでもあって、素晴らしいと思います。
つまり、山椒の煮汁には神経系統を麻痺させる成分が含まれている。実は「しびれる味」の正体は、本当に「シビレさせて」いるのです。
これは真面目な話で、山椒から取れる精油成分の中の特徴的なアルコール「サンショウオール」は、正確には「hydroxy alpha sansho-ol」というアルコールです。
動物の神経系統を麻痺させる麻酔剤としての効能を持っており、取りすぎると体に毒にもなるようです。
味が濃すぎるかな、油っ気がきつすぎるかな、という食材に山椒やサンショウ勝ちの京七味などをあしらうとさっぱりいただけてしまうというのは、日はある種の「知覚過敏」に対して、神経ブロッカーとして作用する面があるのではないかと思うのです。
これを如実に感じるのが、実は全く違う食べものですが「四川風麻婆豆腐」です。
「マーボ」は結構しつこい食い物です。油っこいし味も濃い。
四川風の麻婆は、それこそ豆腐が見えなくなるほど、仕上げに大匙3杯も「花椒」粉を掛けたりして、ほとんど真っ黒な食べ物ですが、医食同源というか、ともかく私は愛してやみません。
その一因として、神経ブロッカー、つまり「味覚のノイズリダクション」という、ある種「調味料」としては禁じ手のような方法を取っていることが、挙げられるのではないか?
普通は、調味料というのは、何か味や風味を添える、と思っていますよね?
でもサンショウは、私たちの神経細胞を麻痺させ、知覚を下げることでうまみを生み出すという、ある種「料理の禁じ手」のようなことになっている。
これは大変興味深い事実を示していると思うのです。
実は柑橘系だった「山椒」
良質な実山椒を煮つけた、とある関西の製品を取り寄せてみると、蓋を開けた瞬間に、何ともフルーティな香りが漂うのです。
一匙掬って食べてみると、そこに広がるのは「キンカン」、つまり柑橘類によく似た香りと風味で、サンショウという植物が、実は柑橘系であることを実証してくれます。
これも比喩とか冗談ではなく、山椒という植物は「被子植物門双子葉植物網・・・・ミカン科サンショウ属」という、れっきとしたミカンの親戚、つまり柑橘類であることが分かります。
これは、料理人の観点からは素晴らしい知見です。山椒の味覚は、実は柑橘、つまりオレンジやレモン、ライムに通じるものがある。
最近酒を全く飲まなくなってしまいましたが、私はジンライムなどが好きでした。また、こんなご時世に言うと怒られそうですが「コロナビール」も大好きで、メキシコ人のように「コロナ(ビールですよ)」にライムの8つ切りを絞って飲むのも素晴らしい。
「大人の男の苦み」ですね。「こんなものは、女子供には分かるめぇ」などと言うと、最近はジェンダーでうるさいですから、そういうことは書かないようになっておりますが(苦笑)。
つまり、良質な苦みとシビレとは「柑橘系」という一点で繋がってくるわけです。およそ関係ないかもしれませんが、男性化粧品にはソレ系の香りのものが多かったりもする。
さて、そこから直ちに想起するのは、私のもう一つのルーツ、九州北部の「柚子胡椒」です。胡椒といっているけれど、原材料は唐辛子と柚子、そして良質の塩ですね。
そこで、直ちに試してみました。ウナギに青い柚子胡椒。塩気さえ強すぎなければ、なかなか絶品と判明。厨房に立つ者としては、今後の探求課題が増え、喜んでいます。
ちなみに、俗説で食べ合わせがよくないといわれる「ウナギと梅干」「ウナギとレモン」も、実に悪くありません。むしろ推奨されるコンビネーションだという解説も目にしました。
欧州で売っているウナギの燻製はレモンやライムを絞っていただくと、おかずでも酒の肴でもなかなかの絶品、かつとても安価で、生活応援食材と思っています(笑)。
抗ストレス食品としての柑橘類、山椒
柚子胡椒の独特の香り、苦み。これは唐辛子に由来するものではない。あり得ません。
唐辛子はピーマンやパブリカの親戚で、もともとはナス科、つまりトマトやジャガイモとも親戚の植物で、柑橘系の男っぽい(?)香り高い食材ではありません。イモの仲間です。
山椒の持つ「シビレ」から健胃生薬成分などまで、様々な薬効の一部は、柑橘系の力、つまりレモンや柚子、ミカンやキンカンにも通じる、苦み走った(男の、いや私の母なども愛好していましたので、ジェンダーフリーといたしましょう)味覚と効能が繋がっているらしい。
そう思ってミカンの皮・・・みんな食べずに捨ててしまう、あの外側の皮ですが、漢方では「陳皮」といって、れっきとした生薬です。
このの薬効を見てみると、ミカンの皮=陳皮には有効成分としてヘスペリジンというポリフェノールのフラボノイドが含まれており、コレステロールや血圧の降下など、抗ストレスの効能に優れている可能性が示唆されています。
最近は、オレンジピールとして、手の込んだ洋菓子ではミカンの皮がチョコレートなどと一緒にあしらわれていることも増えました。
チョコレートのGABAといい、オレンジピールのヘスペリジンといい、実はストレスに抗う成分に満ちていて、このところ「苦み走った」食材がブームになるのは、「飽和し切ってどうしようもない日本社会の末期状態に対して、抗ストレス食材で抗っていたのではないか」と 看破したくなったりもします。
サンショウに含まれる諸成分、先ほどのサンショウオールのみならずサンショウアミド、ジペンテンなどのリモネン (レモンの香りの成分ですね)、シトロネラール(これまたシトロンですから柑橘系)などの成分には、それと明記されてはいませんが、結果的に「抗ストレス性」の効果が期待できるのではないかと、改めて感じました。
終戦の日、本稿を記していますが、ウナギに大量の山椒をかける食嗜好を環境遺伝させた私の母親は、焼夷弾に直撃され全身炭化火傷で2年間、寝たきりの状態から生還してきた人でしたが、負傷の跡を隠したりもせず、夏場半そでで複雑骨折の跡が見えたりして、教師でしたから生徒にそれを「何?」と尋ねられても「先生はいい子だったから、雷様がおへそを一つ余計にプレゼントしてくれたのよ」などと笑ったりしており、そうとうイカレた婆でしたが、明るいのは取り柄というか救いで、およそどのような絶望的な状況でも泣き言をいうのはほぼ見たことがありません。
(私が中学生のときたばこを吸ってみたのを発見し、父親が肺がんで死にましたので、この時は正味で泣かれ、往生しました)
もう死んで15年以上経つ婆さんを思い出しても、一定の「麻痺作用」もある山椒やスパイスたちは、かなり「抗ストレス効果」が期待できるのかもしれません。
考えてみれば私もそれなりに我慢強いタイプになりましたが、こうした食嗜好と関係があるのかもしれません。
何はともあれ、ウナギでもオレンジピールでも山椒でも柚子でも、ご自分の嗜好に合った食材で英気を養われ、ストレスフルなコロナの猛暑を乗り切っていただければと思います。
「微笑栄養素」を一つ、お届けしました。
※JBpressの2020年8月17日の記事(https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/61720?utm_source=gunosy&utm_medium=feed&utm_campaign=link&utm_content=title)より抜粋
山椒に対する興味をグッと掻き立てられる記事内容です。
山椒の煮汁で川魚を麻痺させて採るという遊びは、目から鱗でした。。
「しびれ」の視点、「柑橘」の視点の双方において、山椒の世界が大きく広がっていきそうだと認識できました。
日本人の生活に深く密着した山椒は、日本全国でヒアリングをしていく中で、新たな情報がたくさん出てくるはずなので、今後様々な観点で山椒のことを調べていきたいと思います。