世界中にコロナウィルスが拡散した約2年前に、17世紀にヨーロッパで大流行したペストの専門医師がどのように患者の治療にあたっていたかの情報を取り上げたことがあります。
【過去記事:中世ヨーロッパのペスト医師たちが、当時のマスクの先に香辛料を詰め込み治療にあたっていたというお話について】(2020年3月10日)
ペストの専門医師は、☝のマスクをかぶり、患者の治療にあたっていたのですが、過去記事より以下の一節を抜粋します。
くちばしのように見える部分にハーブが詰められ、病を寄せつけないようにした。
目の部分にはガラスが入れられ、ストラップのついたくちばし部分を医師の鼻の前につけ、くちばしの中にアロマの香りを充満させて吸えるようになっている。
中に詰めるものは、バラやカーネーションの花を乾燥させたものや、ミントなどのハーブ、スパイス、樟脳、酢を浸したスポンジなどだった。
現代のようにウィルス学が発達していない頃のパンデミック対策において、ハーブ・スパイスが必須であったことがよくわかるエピソードです。因みにくちばし以外の服の部分にもいい香りのハーブが焚きこまれていたようです。
今日は、ハーブ・スパイスの視点に寄った詳細な解説付きの17世紀のペスト対策情報を取り上げたいと思います。
17世紀の「ペスト」のパンデミック対策ではハーブが用いられていた 現代でも役立つ活用法
世界保健機関(WHO)が、新型コロナウイルス感染症を「パンデミック」と宣言してから約2年が経ちました。そもそもパンデミックとは、感染病の世界的大流行を意味し、紀元前より人々はペストをはじめとする「疫病」といくども戦ってきました。その様々な場面で、ハーブの活用を見受けることができます。今回はパンデミックの歴史におけるハーブの活用法について、日本メディカルハーブ協会理事の木村正典先生にお聞きました。本記事は、日本メディカルハーブ協会HPの記事を一部改変してお届けします。
【写真】まるで鳥のくちばし?「ペストマスク」のイラスト * * *
パンデミックの歴史におけるハーブの活用
1. ペスト医師と防護服
中世欧州では、ペストを専門に扱うペスト医師「プレイグドクター」が登場した。1619年にはフランスの医師シャルル・ド・ロルメによって、ペスト医師用の感染防護服、プレイグドクターコスチュームが開発された。木の杖、スパニッシュ風ハット、ガウン、手袋と共に、瘴気(しょうき)論に基づき、瘴気を吸わないようにしたくちばし型のペストマスク(下図)が特徴。ペストは主としてノミ-ヒト感染であることから、実際にはマスクの効果は最大限に発揮されなかったと考えられる。しかし鼻と口を完全に覆ったうえでハーブの力を活かしたペストマスクは、現代の飛沫感染を防ぐマスクにも応用が期待される。
<ペストマスクの中に詰められていたとされるハーブ>
ローズ、カーネーション、スペアミント、ユーカリ、カンファー、ジュニパーベリー、クローブ、ラブダナム、ミルラ、ストラックス、アンバーグリスペストとは……
ペスト(Pest)はドイツ語で、英語ではプレイグ(plague)という。14世紀に起こったヨーロッパの流行では、人口 の3分の1以上がペストによって失われた。皮膚が黒くなる特徴的な症状があることから黒死病(Black Death)とも呼ばれる。細菌(Bacteria)の一種であるペスト菌(Yersinia pestis)によって引き起こされる感染症。ペスト菌は1894年に北里柴三郎、アレクサンドル・イェルサンによって発見された。腺ペスト、敗血症ペスト、肺ペストに分類され、ネズミを中心に猫や犬などの小動物を宿主とする。感染経路の8割弱がノミ-ヒト感染、2割が動物-ヒト感染とされ、腺ペストでは患部接触によって、肺ペストでは飛沫感染などによって、ヒト-ヒト感染も見られる。ただし、19世紀まで、感染症の多くは、ヒポクラテス(紀元前460年頃-370年頃)の唱えた瘴気論に基づいていたため、「悪い水」から発生する「悪い空気」(瘴気・miasma)によってもたらされると信じられていた。
2.首から下げるマスクの代わり!?<ポマンダー>
語源となった「pommed’ambre」は、フランス語で「琥珀のリンゴ」を意味する。アンバーグリスやムスク、シベットなどを球状にしたもので、金属容器に入れてペンダントとして使用した。その後、ポマンダー内部がいくつもの部屋に分かれており、綿などに染み込ませた香料を別々に入れられるものが誕生した。
中世欧州では、首や腰にぶら下げ、病気予防や魔除け、悪臭改善を兼ねた。現代では、ハーブ・スパイスを楽しむクラフトとして、フルーツポマンダーやエッグポマンダーなどが作られるが、首からぶら下げるマスクのように、中世のポマンダーのリヴァイヴァルが期待される。
3.疫病から身を守る魔除けのブーケ<タッジーマッジー>
鼻に近づけて香りを楽しむ、ハーブで作られた小さな香りの花束のこと。タッジーマッジーの語源は不明で、花のクラスターを語源とする説がある。花の装飾品を意味するノーズゲイとも呼ばれる。
タッジーマッジーの最初の記載は1440年頃とされるが、19世紀のビクトリア朝時代になると花言葉ブームと共に人気となる。
ブーケの原型ともいわれ、コサージュ同様、当初は、魔除けや悪臭改善に用いられていたと考えられている。現在でも、王室行事やブライダルブーケなどで用いられているが、ハーブの役割を最大限に活かした利用方法も期待したい。
4.ハーブを撒き散らして疫病予防!?<ストゥルーイングハーブス>
文字通り、撒き散らされたハーブのことで、それらを踏んで香りを出すことで虫除け、特にノミ除けや病気予防、芳香剤として利用された。中世初期から18世紀にかけて、特に英国で広まった。広まった原因の一つとして、中世初期の英国で入浴の習慣が減少して体臭などが気になるようになったことが考えられている。合わせて、ノミをはじめとする生活害虫の駆除や疫病予防を目的とした。ハーブは、藁やイグサ、ヨシなどと共に、台所から寝室まで、家中に撒き散らされた。王室も例外ではなく、テムズ川の悪臭などもあって、1660年にはチャールズ2世によって、王室専用の散布人として、ロイヤルハーブストゥルワー(Royal Herb Strewer)の職が設けられていた。高い地位にあり、普段はもちろん、戴冠式では行列の先頭に立ってハーブを撒く重要な役割を果たした。エリザベス女王はメドウスイートを好んだとされる。
踏んで香りを出すことから、表皮に腺毛を有し、踏んで容易に壊れて精油を揮発させるシソ科やキク科のハーブが多かったことが考えられる。これはハーブの使い方を学ぶ参考になると共に、現代でも応用した活用が期待される。
5.ペストにかからなかった泥棒4人組の秘密<4人の泥棒の酢>
諸説あるが、最も広く知られている説によると、1628~30年にフランスのトゥールーズでペストが流行した際、4人の泥棒がペストに感染せずに泥棒を繰り返していた。
捕まった時、司法取引により、ペストにかからずにいた秘密と交換に釈放されたとされ、その秘密が、セージ・タイム・ラベンダー・ローズマリーの4種で作られたハーブビネガーを体に塗ったり飲んだりして泥棒をしていたということだった。
その後、ペスト対策として、「4人の泥棒の酢」(Vinaigre des Quatre Voleurs)の名で、様々なレシピのハーブビネガーが誕生したとされる。現在も、同名のハーブビネガーが販売されているほか、「7人の盗賊の酢」の名の香水もある。
酢はルームスプレーなどに不向きだが、これを応用して、アルコールを利用して抗菌チンキを作り、除菌スプレーやエアフレッシュナー、オーガニック殺菌・殺虫剤などとしての利用が期待される。
監修/木村正典(きむら・まさのり)先生
日本メディカルハーブ協会理事。(株)グリーン・ワイズ。博士(農学)。ハーブの栽培や精油分泌組織の観察に長く携わると共に、都市での園芸の役割について研究。著書に『有機栽培もOK!プランター菜園のすべて』(NHK出版)など多数。日本メディカルハーブ協会HP
※本記事は、日本メディカルハーブ協会HPの記事を一部改変して掲載しています※AERAdot.の2022年2月20日の記事(https://dot.asahi.com/dot/2022021300008.html)より抜粋
今まで知らなかった情報が満載で、とても刺激的な内容の記事です。つくづく、中世ヨーロッパは、ハーブ・スパイス無しには絶対に語れないんだなあと感じます。
中世ヨーロッパの歴史背景を感じながら、ヨーロッパ各地のハーブ巡りを早く実現させたいです。