奈良時代末期の日本最古の和歌集「万葉集」に出てくる、日本における”七草粥”の始まりの記述について

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新年が明け1月7日(本日)は毎年、七草粥を食べる風習があるため、ハーブに関わる者として、その歴史的な背景を押さえておきたいという想いで、先日、七草粥について記事にしました。

【過去の参考記事:外食チェーンの大戸屋が1月4日(土)~1月13日(月)まで、『春の七草粥』を限定販売していることを知り、「春の七草」のこと見つめ直してみました。

七草粥の風習の起源は、紀元前の中国で行なわれていた占いの習慣まで遡り、唐の時代(618~907年)になると、1月7日に7つの草や野菜を混ぜた汁物を食べる風習が開始。

この風習は、奈良時代(710年~794年)に日本に伝わり、日本ではお正月に若菜を摘んで食べる「若菜摘み」という風習ができたようです。

その後、平安時代(794年~1185年)に七草粥の原形が出来上がり、江戸時代(1603年~1868年)になると、五節句の1つとなる「人日(じんじつ)の節句」が1月7日に制定され、人日の節句に七草粥を食べる風習が一般の人々にも定着するようなっていたというのが、大体の流れのようです。

今日は、奈良時代末期の日本最古の和歌集「万葉集」にも、「若菜摘み」の記載があるようなのですが、七草粥の歴史的な背景の把握、及び、時代の雰囲気を把握する上で貴重な情報だと思いますので、取り上げたいと思います。

令和初めてのお正月!元号ゆかりの『万葉集』にも七草粥の始まりが?

令和初めての新年が明けていっせいに仕事が始まりました。お正月の疲れが残ってしまっていませんか? 明日7日は七草。食べ過ぎ気味のお腹をすこし休ませるためにも、七草粥を食べるのはよいタイミングです。七草粥を食べる習慣の始まりは諸説ありますが、令和の出典となった『万葉集』にも七草の風習の起源かしら? と思える歌が載っています。あっさりと優しい味の七草粥をいただいてお正月気分から抜け出しましょう!

『万葉集』の巻頭にあるのは若菜摘みの歌!七草粥の始まり?

大泊瀬稚武(おおはつせわかたける)天皇の御製歌

「籠(こ)もよ み籠持ち ふくしもよ みぶくし持ち この岡に 菜摘ます子 家告(いえの)らせ 名告(なの)らさね そらみつ 大和の国は おしなべて 我こそ居れ しきなべて 我こそいませ 我こそは 告(の)らめ 家をも名をも」

万葉集の最初に出てくるこの歌の作者は雄略天皇として知られています。

新春の若菜摘みに出ている若い女性たちに天皇が「家は? 名前は?」と聞いて求婚しています。そして、この大和はすみずみまで私が統治している国ですよ、と天皇が自ら名告り(なのり)をあげている歌です。

新春、若い娘たちが若菜を摘んでいるところへ天皇が出ていき名告りを行い、その場で摘んだばかりの若菜を食し、この土地の美しい娘を妻とすることは、秋の豊作を祈りさらに国の繁栄にもつながる大和朝廷の儀礼のひとつだったということです。

みずみずしい若菜の柔らかさは、春の光に美しく光ったことでしょう。若菜を摘む娘たちの天皇を見る目も、摘んでいる若菜と同じようにうるんでいたのでしょうか。自然の中でおおらかに生きる喜びを歌う万葉の世界が目に浮かびます。

参考:
上野誠『万葉集から古代を読みとく』ちくま新書
上野誠『万葉文化論』ミネルヴァ書房

七草の名前、歌えばなんとなく覚えてしまいますね

「せりなづな五ぎゃうはこべら仏のざ、すずなすずしろこれぞ七くさ」

これが現在知られている歌でしょうか。ほかにも、

「せりなつな五形たひらく仏の座あしなみみなし是や七種」

このようなものもありますね。

七草はほとんどが薬草として効能を持っていると言われています。芹(せり)は利尿作用、薺(なずな)は止血に役立ち、御形(ごぎょう)は煎じて痰切りに、繁縷(はこべ)は産後の快復に、菘(すずな)は咳止め、腫れ物に、蘿蔔(すずしろ)は消化、便秘への効能が期待されるとされています。仏座(ほとけのざ)には薬用文献がないそうです。

このようにほとんどが薬草として効能を持っていますが、現代の医薬とは異なり、目的を持った効果が現れるものではなく、食べることにより身体の調子を整え、健康の増進を図るという穏やかなものです。

新春に萌え出でた若い芽を食べ、生命力を身体に入れて無病長寿を願うのは、旬のものを食べて健やかにすごしましょう、という考えかたに通じていますね。

参考:
鈴木昶『薬草歳時記』青蛙房

「小寒」から「大寒」へ、一番寒いときに「小豆粥」はいかが?

冬至を過ぎて昼間の時間はすこしづつ長くなっていますが、本格的に寒くなるのはこれからです。このことを『暦便覧』では冬至を過ぎて陽の気が起こると、それに対して陰の気が強くなるのでますます冷えてくる、と説明しています。寒さの中で陰陽が拮抗している、一筋縄ではいかないところが面白いですね。

私たちも思うように動けないこの寒さの中、しっかりと身体をまもっていかなければなりません。一年の邪気を払うという意味をこめて「小豆粥」を1月15日に食べる習慣もあります。お正月の行事がすべて終わった後の切りかえでもあったようですが、寒中にいただく「小豆粥」は冷えた身体を温めてくれそうですよ。

無理をしなければならないことが多い生活の中で、行事にそった風習を大切にすることは身体を守るために役立つと思いませんか。

七草粥に小豆粥、よかったら召し上がってみてください。

※AERA dot.の2020年1月6日の記事(https://dot.asahi.com/tenkijp/suppl/2020010600067.html?page=1)より抜粋

個人的には、古い歌といえども、春に若葉を摘む女性の姿というのは現代においても魅力的に感じる部分が大いにあります。

ハーブガーデンで笑顔に溢れながら、ハーブを摘んでいる女性の姿というのはとても魅力的に感じますので、奈良時代の天皇の気持ちになんだかとても共感ができます。

「日本の伝統行事だから」ということで、ただ七草粥を食べるというのは面白味に欠けてしまいますが、歴史的な背景を知り、昔の人達の生活を想像をしながら、七草粥を食べるとグッと楽しくなってきます。

植物というのは、常に人々の周りに生育しており、人との接点を常に持っていたので、人が植物に対して様々な意味づけをしてきた事実が連なることは必然であり、そのことが人類の歴史を豊かなものにしてきた一面があると思います。

その歴史を感じ取りながら想像を広げていくことも、植物と深く関わることの一つの大きな楽しみだと思います。

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