以前、「悪魔のクソ」と呼ばれるアサフェティダ(ジャイアントフェンネル)を取り上げたことがあります。
【過去記事:「悪魔のクソ」と呼ばれるアサフェティダ(ジャイアントフェンネル)の特性に興味深々です。】(2018年9月22日)
悪魔のクソというのは言い過ぎかもしれませんが、そのままでは硫化化合物の独特の匂いを放ち、過熱をすることで炒めたタマネギに近い香りへを変化する特徴があり、調味料として使われています。
今日は、このアサフェティダの仲間だったのではないかと言われる「シルフィウム」というハーブの興味深い逸話を取り上げたいと思います。
史上最古の避妊薬として使われた幻の薬草「シルフィウム」
紀元前6世紀、イタリア半島でローマがまだ小さな都市国家だった頃、北アフリカ沿岸のキュレネは、世界でももっとも豊かな都市ひとつだった。その莫大な富の源は、北アフリカの端、現代のリビヤ付近で、宝石のように輝いていた古代都市の平原に広く自生する野生のハーブだった。
「シルフィウム」と呼ばれたこの薬草は、地中海地域全体で、発熱から夫婦の性生活まで、あらゆる治療に効くと考えられ大変重宝された。
シルフィウムは、媚薬だっただけでなく、史上最古の避妊薬だったとも考えられている。
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自然の恵み、神秘の薬草「シルフィウム」
今は絶滅したとされる「シルフィウム」は、地中海沿岸部の乾燥した丘陵地に自生していた。
ギリシャ人が古代都市「キュレネ」を建設してまもなく、この植物が食用や薬用になることを発見した。
この植物の茎や根からエキスを抽出する方法を編み出し、これにさまざまな効能があることがわかったのだ。
西暦1世紀、古代ローマの博物学者で哲学者のプリニウスは、このエキスを”自然から人類にもたらされたもっとも貴重な贈り物”と呼んでいる。
『博物誌』の中でプリニウスは、植物学の父とされるギリシャの作家テオフラストスの言葉を引用し、「ローマ暦136年(紀元前617年)にキュレネのヘスペリデスの園に”黒い雨”が降り、初めてこの植物が発見された」と記述。
さらに「シルフィウムは強い雑草としてはびこる植物で、シルティス湾近くのシルフィオフェラとして知られたキュレネ地域にもっとも多く生育している」とつけ加えている。
シルフィウムは、現在、ジャイアントフェンネルとして知られる「オオウイキョウ」の仲間に近いのではないかと言われている。
image credit:WIKI commons確かに、現代のジャイアントフェンネルと、キュレネで流通していたコインに描かれているシルフィウムの絵は似ている。
シルフィウムの茎を描いたキュレネの古代銀貨 image credit:WIKI commons
シルフィウムの薬効成分
茎は火で炙り、根は酢で食べることができる。シルフィウムの貴重な樹液は、レーザーとして知られ、料理にかけて使った。
たちまちレーザーは古代世界でひっぱりだこになり、高価な薬味となった。
古代世界の逸話では、シルフィウムは咳、喉の痛み、消化不良、イボ、ヘビに噛まれたり、かんしゃくの発作にも効くという。
プリニウスは、野良犬に噛まれた場合でも、患部にこの魔法の植物のエキスをすりこむだけで治療でき、あらゆる病気に効く万能薬だとしている。
もっとも、虫歯であいた穴には塗ってはいけないと警告している。
媚薬と避妊薬にも使用されていた
なにより重要なのは、シルフィウムのエキスは、催淫と避妊の両方に効果がある完璧な媚薬として重宝されたことだ。
ローマの抒情詩人カトゥルスは、自身の愛の詩の中で、”シルフィウスの産地キュレネにあるリビアの砂の数だけ”恋人とキスを交わすだろうと書いている。
ローマ時代の婦人科医ソラノスは、妊娠、つまり”すでに存在するものを破壊”したい女性は、ヒヨコマメほどの量のシルフィウムを摂取すべきと書いている。
この経口避妊薬のほかに、ソラノスは、シルフィウムの汁に浸した羊毛の房を膣に挿入する避妊方法もあげている。これらの記述は、まさに世界初の効果的な避妊法を示しているように思われ、驚きである。
ハート形はシルフィウムの種が起源説も
こうした効能で有名になったシルフィウムは、たちまち地中海じゅうに広まり、その価格も高騰した。
シルフィウムの種の需要は、金と同等の価値があると言われ、ユリウス・カエサル自身も、国庫に700キロ近いシルフィウムを隠し持っていたと言われている。
キュレネの繁栄は、この奇跡のハーブと密接に結びついていたため、硬貨にシルフィウムの種や実を刻印するほどになった。
種がハートの形をしているため、中世の時代から現代にいたるまで、愛や勇気、不屈の精神を表わす、広く使われているハートマークは、シルフィウムが由来ではないかという歴史家もいる。
シルフィウムの種や果実を描いた紀元前6世紀のキュレネの古代銀貨 image credit:WIKI commons別のタイプのキュレネコインは、足元にシルフィウムを置いて座る女性の像が描かれている。女性は片手でこの植物に触れ、もう片方の手で自分の股間を指さしている。
このコインは、シルフィウムがキュレネの経済や市民の健全な性生活に重要な役割を果たしたことを示しているといえる。
image credit: Public Domain.
乱獲により絶滅
シルフィウムの人気は、最終的に終わりを迎えることになった。キュレネでは乱獲を防ぐための厳しい規制がもうけられたが、この植物の莫大な価値は、あまりにも大勢を魅了しすぎた。
紀元前74年、ローマによってキュレネが征服されたとき、ローマ市民が金に糸目をつけずにシルフィウムを求め、ローマじゅうの総督や商人もこぞってそれにならったため、生態系の差し迫った崩壊に拍車がかかったようだ。
短期的な利益が永久的な絶滅にとって代わってしまった。
やがて、シルフィウムの供給は縮小し、この薬草は人の手で栽培することは不可能な植物となってしまった。
植物学が発達した今日でさえ、野生植物の中には、野生でしか育たず、頑ななまでに人工栽培には適さない野生植物がある。
image credit:public domain/wikimedia
シルフィウムの絶滅を非難したプリニウス
西暦1世紀末、プリニウスはこの貴重な植物の絶滅を非難した。これは人の活動によって種が失われてしまったことを示す最古の例のひとつとされている。
プリニウスによると、彼の生涯でシルフィウムの茎を確認できたのは、たった一度だけで、それを摘んで皇帝ネロに献上してしまったのは、愚かな行為だったとしている。
乱獲のほかにも、草食動物が増えたことによって、シルフィウムの運命は決定づけられてしまったのかもしれない。
ローマ時代の地主たちは、ヒツジに食べられてしまうのを阻止するために、シルフィウムが生育する広大な草原をフェンスで囲んだが、やがてこれが地元の羊飼いとの争いを引き起こし、彼らの反乱によってフェンスは破壊された。
シルフィウムは、人間の強欲には勝てなかったのだ。
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シルフィウムは本当に効果があったのか?
実際にシルフィウムにそんなに効き目があったのか、ただの迷信だったのか、今となっては誰にもわからない。
だが、シルフィウムのエキスがただの誇大広告ではなかったことを示す証拠はある。現在でも見られる「アサフェディダ」と「Ferula jaeschikaena」は、両方ともシルフィウムの仲間だが、ネズミの繁殖能力を著しく減らすことがわかっている。実際、流産の危険性があるため、医師は妊婦に対して、この植物を避けるようアドバイスすることが多いという。
現在、インドや中央アジアで人気のスパイス、刺激的な味や香りのあるアサフェディダは、ローマ時代にはシルフィウムの代用品として、二級品とみなされていたという。
今日、シルフィウムは、将来への警鐘としての役割を果たしている。
全アフリカの人口80%を含む、世界中のほとんどの人々は、野草から得られる生薬に頼っているが、その3分の1は、乱獲や生息地の喪失などで絶滅の危機にさらされている。
References:Silphium: the lost ancient world’s herbal birth control — 2,500 years before modern contraceptives / written by konohazuku / edited by / parumo
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※カラパイアの2022年5月13日の記事(https://karapaia.com/archives/52312598.html)より抜粋
1つのハーブが、人間を狂わし、種を絶滅させた事例として確かに大きな教訓を得られます。
現代においても規模の大小はあれど、同じようなことが起こっている、もしくは、起こり得ると思います。
これから、ハーブ・アロマ産業が健全な形で成長をしていく上で、人間とハーブの距離感におけるバランスを維持し、産業としての持続性を担保できなければ本当の意味での成長にはつながらないことを肝に銘じなくてはと感じました。