現代に受け継がれる薬用植物(ハーブ)の知識の多くは、様々な先住民族が体験を通じて蓄積してきたものがベースになっていることが、勉強のプロセスでよく理解できます。
科学技術が発達していない時代の植物との関わりを想像すると、常に命がけで向き合っていたと思うので、その時代の人々への尊敬の念は強いものがあります。
今日は、スイス、チューリッヒ大学の「現存する薬用植物(薬草)の知識と、先住民の言語の消失の関係性」に関する興味深い研究を取り上げたいと思います。
先住民族の言語の消失で、そこにしかない薬用植物に関する知識が失われていく
スイス、チューリッヒ大学の研究で、現存する薬用植物(薬草)の知識の大多数は、先住民の言語の消失と関連していることがわかった。アマゾン、ニューギニア、北米の地域の研究で、薬用植物の効用の75%が、ひとつの言語でしか伝えられていなかったのだ。
こうした知識の多くは、たったひとつの言語でしか知られていないため、その言語が消滅してしまえば、薬用植物の知識も同様に失われてしまうということになる。
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先住民族の言語の重要性
ブラジルでは、ロンドニア州のカリチアナ族、バイア州やミナスジェライス州のパタクソ族のように、先住民族の学校が、言語の保存に重要な役割を果たしていて、カタログ化や再生プロジェクトも行われている。
チューリッヒ大学の進化生物学、環境学の研究者、ジョルディ・バスコンプテは言う。
言葉が消滅するときはいつも、話す声もまた消え、現実を理解する方法も、自然と対話する方法も、動物や植物を描写したり、名前をつけたりする方法も消えてしまいます
プロジェクト「エスノローグ」は、世界に存在する7000の言語のうち、42%が消滅の危機に瀕しているといっている。
世界の言語調査をしている非営利団体SILインターナショナルによると、1500年にポルトガル人がやってくる前にブラジルで話されていた1000の先住民族の言葉のうち、現在も使われているものはわずかに160ほどだという。
言語の消失が有用な薬用植物の知識を消し去っていく
最近の研究では、バスコンプテと生物多様性の専門家ロドリゴ・カマラ=レレトは、先住民族の言語の消失は、薬用植物に関する伝統的な知識の喪失につながり、未来の薬の発見の可能性を狭めることになりかねないと警告する。
現在、大量に販売されている薬の有効成分の多くは、薬用植物から抽出されている。セイヨウシロヤナギから抽出されるアスピリンとして知られるアセチルサリチル酸から、ケシからとれるモルヒネまで、多岐にわたる。
先住民族は、伝統的に世代間の知識の伝達は話し言葉に頼ってきたため、そうした言語がなくなってしまったら、当然のことながら情報も広がらなくなってしまう。
今回の研究では、3597種の植物のうち、薬として利用できる1万2495の有効成分を分析し、このデータを生物学的、文化的に多様な3つの地域(アマゾン北西部、ニューギニア、北米)の236の先住民族言語と結びつけた。ここから、これらの地域で、薬として使われる薬用植物の75%がたったひとつの言語でしか伝えられていないことがわかった。
「薬用という固有の知識を伝える言語は、消滅のリスクが高いと言わざるを得ません」バスコンプテは言う。「知識がどのようにして消滅してしまうのか、ということに関して、ある種、二重の問題があるのです」
アメリカ大陸は、薬の知識のほとんどが先住民族の絶滅危惧言語と結びついている地域として、研究の中で際立っていて、とくにアマゾン北西部はバスコンプテが言うような二重の問題の典型であることが判明した。
この研究では、645種の薬用植物と、その効用が口頭で伝承されている37の言語に基づいて評価し、こうした知識の91%がたったひとつの言語でしか伝えられていないことを明らかにした。
つまり、そのひとつの言語を話す人がいなくなってしまったら、薬の知識も消滅してしまうということなのだ。これは、アマゾンの多くの地域で遠からず起こりうることだ。
この研究で評価したアマゾンの植物は、民族植物学の父と言われた北米の作家リチャード・E・シュルテスが1990年に書いた『The Healing Forest: Medicinal and Toxic Plants of the Northwest Amazonia』から引用した。
文化の消滅は生物多様性の消滅以上に深刻だった
薬用にできる種の脆弱性を分析した結果、絶滅危惧言語で効用が伝えられている薬用植物は、北米の64%、アマゾン北西部の69%が、国際自然保護連合(IUCN)による絶滅危惧評価を受けていないことがわかった。
そのため、現在、絶滅危惧として実際に分類されている植物は北米4%以下、アマゾン北西部1%に満たない低い数字になっている。
研究者たちは、IUCNの保全状況報告書の限られたデータを、べつのAI研究のによる予測でさらに補い、”我々のサンプルにおけるほとんどの薬用植物は、とりあえず脅威にはさらされていない”と結論づけた。
しかし、”これらの植物種については、IUCNの保全評価が緊急に必要である”と指摘した。
この研究では、こうした呼びかけを支持する一方で、言語の消失は、生物多様性の消失よりも薬の知識の消滅に大きな影響を与える可能性が高いことを強調している。
生態系サービス、文化遺産の維持に関して、これまでの科学研究で証明されているように、植物の生存は同じくらい重要なことだ。
しかし、2019年に同じ研究者に行ったべつの研究結果では、文化的なものと生物学的なもののつながりは、切り離せないものだということが明らかになった。この概念は、今回の新たな論文でさらに確実なものになった。
「現在のこのネットワークを無視して、植物や文化のことだけをバラバラに考えることはできません」バスコンプテは、多様性を最小限にする世間の傾向を指摘した。
「我々、人類は、文化や自然を均質化することが非常に得意なので、自然はどこへいっても同じようなものだと思われがちになるのです」
9月始め、アマゾン環境研究所(IPAM)が主催するアマゾニア・プロジェクトの第3サイクルで、アーティストで教育者でもあるデニルソン・バニワは、この均質化について、先住民族の視点から語った。
「もし、私がポルトガル語をうまく話せるとしたら、それはある意味、私の民族やブラジルのほかの先住民族が、生き延びるために非先住民族、つまり外国人の技術や知識や情報を理解することを強制されたからなのです」
言語を保存するための教育
先住民族言語専門の言語学者、ルシアナ・サンチェス・メンデスは言う。”ブラジルでの保護ということなら、先住民族の学校が重要な役割を担っています。
村にある先住民族の学校で子どもたちは、ポルトガル語と自分たちの地域独自の言語の両方を学ぶからです”
カリチアナ族の文化を守るための取り組みである、「The Pedagogical Lexicon of Karitiana Plants and Animals」は、ブラジルのロンドニア州にあるカリチアナ先住民保護区の学校で、バイリンガル教育の教材として使うために、研究中に作られた文書だ。
プロジェクトは、保護区内で見られる植物や動物のリストと説明をカリチアナ語で作ることから始まった。この文書の作成には、アマゾンの生物群に関する伝統的な知識を記録した、年長者、指導者、採集者、教師が参加した。
一方、バイア州とミナスジェライス州北部では、ある研究者グループが、長い間消滅したと思われていたパタクソ語を研究し、復活させた。
パタクソ族の若者と教師が協力して、文献の調査や、フィールドワークを行い、「パタクソ文化と言語研究・文書化プロジェクト」を立ち上げた。現在、多くの村で教えられている復元された言語は、Patxohaと呼ばれている。
パタクソ族の歴史
「言語学者たちは、人々が自分の子どもたちと母国語で話さなくなったら、その言語は消滅の危険性があると考えています」ブラジルのロマイラ連邦大学のメンデスは言う。
ブラジルでは、植民地時代から支配的だったポルトガル語やスペイン語を優先させ、先住民族の言語がないがしろにされてきた。
先住民族の親たちは、自分の子供たちをこの社会で成功させるためにしかたなく、母国語を捨てたのだ。ほかにも先住民族には数々のプレッシャーがかかっていて、最近ではコロナによって指導者たちが亡くなったことで、さらに文化的な損失も生じている。
世界中の先住民族の言語を保護、活性化、推進するために、ユネスコは2022から2032年まで、「先住民族言語のための行動の10年」をたちあげた。
「英語以外にも生きた言葉はあるのです」バスコンプテは言う。
「でも、こうした少数言語は私たちが忘れてしまいがちなものです。国家的な役割を果たしていない、貧しく、無名の人々の言語で、彼らが国連や委員会の席にいないからなのです。」
「私たちは、国連のこの宣言を利用して、文化的多様性についての世界の認識を高め、私たち人間が、このすばらしい多様性の一部であることが、いかに種として幸せであるかを意識してもらうための努力をしなくてはならないと思います」
References:Extinction of Indigenous languages leads to loss of exclusive knowledge about medicinal plants / written by konohazuku / edited by parumo
※カラパイアの2021年10月22日の記事(https://karapaia.com/archives/52306817.html)より抜粋
様々な領域における”多様性”の大切さを認識させられる記事です。
現在、ビジネスの世界においても、「多様性」「包括性」を企業文化として取り込むことが、企業価値を高めていくという価値観に大きく転換していますので、今の時流を象徴した記事とも言えると個人的に感じました。
世界中の多くの人が、今よりももっと心の底からお互いの多様性を認め合える時代へと変化していったら、間違えなく平和な世の中に変化していくのではないでしょうか。
植物の多様性に気づき、触れ合い、楽しんでいくことは、今後の世界平和へ結びつく一つの切り口になる、なんてことを思ったりしました。